麻雀のお話

連載「これが麻雀だ」(第二回)

2018年01月19日

昭和41年6月に発行された本「これが麻雀だ」から興味を引く箇所を抜粋して掲載する。

著者三名  (昭和41年当時)
日本麻雀連盟理事長八段 手塚 晴雄
日本麻雀連盟参与八段 陽  星明
日本麻雀連盟顧問八段 黄  雀風


連盟ルールの役と戦術(手塚晴雄)

 運から技への幅広い戦術は、ちょうど将棋や囲碁でいえば盤の升目を多くしたようなものです。現在の9×9の将棋盤でもこれを8×8にしたら、名人といえども十分その実力を発揮できないのではないでしょうか・・。

チー・ポンの技術を最高に発揮するのが連盟麻雀の特徴ですが、それにはルールそのものが一般のインフレルールと違うのです。
インフレルールは連盟のルールをもとに運の多い役を加え作られています。(中略)

1.「一飜しばり」は一飜つける(そうしないと和がれない)ため、門前清を固定させリーチによる一飜を強いる結果となります。
もしもこうした「一飜しばり」が無いならチー・ポンの技術を自由に駆使でき技の領域が相当広げられると考えられましょう。

インフレルールでは運を多くして興味本位とし、技量が無くとも、ある程度勝てるような方向にもっていっているのです。

2.連盟ルールにリーチ・一飜しばり・ドラ牌・七対子がないのを、物足りなく思われる方もあるでしょう。
しかし現在の日本麻雀連盟が、伝統を守ってあくまでも技の麻雀に徹しているのは、この四役を採用していないことにあるのです。

運の要素があまりにも多くなるし、麻雀の本質に反するという理由からです。
これらの役を抜いたルールで運の要素を押さえ技の要素を伸ばしていこうとしているわけです。

その意味でドラ牌など、一枚で一飜の役をさせるのですから、技のいる余地は少なくなり、初心者を勝たせ、喜ばせることになるのです。
例を七対子にとってみます。ただ自摸って、同一牌を二枚ずつ揃えば良い。

これは容易にでき初心者向きの役ともいえます。
七対子が認められないので、対子の多い手のうちのとき、強いて狙うとすれば三暗刻ぐらいのものです。

場合によってはあまった対子は切って、おりにも向かいます。
また華やかなリーチがないことは、戦法を根本的にかえなければなりません。

インフレルールでも、巧者な方は、いわゆるヤミ聴をして相手の裏をかき、すんなり和了しています。
連盟ルールではこれが、堂々たる立派な和りなのです。

相手に聴牌したことを教えてあげる(リーチで)愚かさはないかわり、相手はこれを知る為に神経をフルに使い、渾身の推理をはたらかせるわけです。

挙動で聴牌がわかってしまうようでは、下の下といえましょう。
そいて聴牌者側も、ただ知らせないばかりでなく、いかにしたら自分の聴牌したことを隠すかに、高等戦術を用い、必死の努力をつづけるわけです。
これらの境地が、連盟麻雀の醍醐味であり、戦術が生まれ技のわかれるところなのです。

3.連盟の満貫は、子が二千点、親が三千点ですが、それはインフレルールの二万点と三万点に相当するものです。
なかなか満貫などできるものではありません。

その中にあって、清一色の十符加符三飜は相当大きな役で、良く考えると厚遇されているわけですから、清一色はツオ牌(役を作ること)の最たるものといえましょう。

次にタンヨウ一飜が、同じインフレルールのまま一飜だとすると、実にインフレルールの二飜に相当するわけで、連盟麻雀の戦術の重要部分をしめるものです。

連盟ルールでは、チー・ポンしても早く和ってタンヨウで一飜というのが狙いやすい役です。

だから、インフレルールよりも、よけいに一九牌を粗末にするわけです。
十巡目の聴牌最盛期には、その80%がフウシイ牌として河に捨てられてしまいます。
それだけに三・七の要牌が脚光を浴びてくるのです。

次に、門前清摸和も、門前清栄和もインフレルールと変わらないということは、やはりその二飜にも相当するわけですから、門前清を、役から言えば活用しなければならないのです。

またここで特に注意したいことは、インフレルールで二飜であるため、とかく混一色なり対対和にもっていきがちですが、連盟ルールでは混一色も一飜ですし、手がよく分かってしまい、肝心の聴牌のとき、簡単に和り牌を押さえられなかなかできる役ではありません。

それに放銃しやすくもあるので、なるべくこの役は避けた方が賢明。
むしろ一飜おとしても、何の役もつけず、あるいは単に飜牌の一飜ぐらいで我慢しても和るようにしなければなりません。

対対和も、たんなる一飜ですから、無理にこの役を狙う事は、暗刻でもないかぎり、ポンするごとに下家を利するだけで、ことさら狙うのには不利な役です。

特に七対子の役が無いからといって、対子さえあれば片っ端からポンポン竹屋の火事みたいなことをやるのは、初心者の陥りやすいところ、十分注意する必要があります。
やはり門前清で、聴牌二手前ぐらいまでいくようにし、それが不可能なら和りをあきらめた方が良いのです。

以上上達を願う読者の為、チーとポンについて、また、続いて案外忘れられている放銃について説いておくことにします。

第二章

チーの戦術

チーの重要性について
インフレルールでは、一飜つけなければ和る資格が無いのと、門前清でなければリーチをかけるわけにいかないため、いきおい門前清を固守することになります。

そのため聴牌は一般的におそく、十巡目ぐらいでやっと聴牌になるようです。(勿論、配牌によって例外はあるが・・・)
中国の麻雀は、放銃三人払いのルールのため、がいして聴牌が早く、五、六巡で聴牌になるようです。
連盟の麻雀では七、八巡で聴牌になるのが普通です。

それはチー・ポンを縦横に活用するためで、必ずしも門前清にこだわることがなく、臨機応変でいけるからです。
門前清のままでいけるときは門前清で・・・。
それでは聴牌がおくれるとなれば、思いきってチー・ポン作戦に出ます。

この聴牌時期というものは、すべての考えの中心となるものでから、十分頭に入れておく必要があります。
また聴牌は順子中心に進めた方が、理想なのですから、いきおい、ポンよりチーが重要な役割をすることになります。

チーの運用
チーはこのように大切な役割を果たすものですが、一方マイナスの面を持っているので、これとのかねあいがまた重要な課題となります。
ちょうど薬と同じだと考えれば、そのはたらきがわかります。

すなわち、チーすることによって、その順子だけは局部的に一応完成しますが、
①全体としては門前清をこわす 
②そのため門前清による自摸和りの機会を失う 
③敵に手を見られる 
④自分自身、自摸による利点をせばめるなどマイナスの面を多く持つことになります。

初心者のチー
初心者のかたでなくとも、連盟ル-ルで初めて競技されるかたには、進んでチーすることをおすすめします。
というのは、チーの運用を体得できるからです。

門前清の効用はぎせいにしても、チーを行った方が技をきたえる為には良く、リーチを目的とする門前清は、チー・ポンの活用を十分会得されてからでも遅くはありません。

その意味で連盟ルールでは、かくれみのの門前清や、手を詰めることなど気にせず、積極的に「守るは攻めるなり」の鉄則を応用して、安かろうがどんどん和りにいきます。
これが案外、敵を翻弄して、自分は放銃する一歩前に和ってしまうことがあるものです。

そして、ガメったり、門前清で味よくゆうゆう打牌していた敵を、尻目にかけることもできます。
それには必ずガメらず、常に一飜おとしてもよい、という気持ちでいなければなりません。

カンチャン・ペンチャンのチー
雀頭さえあったら、三しゃん聴ぐらいからでもカンチャン・ペンチャンのチーはしてよいでしょう。
もちろん和りに必要な五面子は持っていないといけません。
よほど大きな手のときは、カンチャン・ペンチャンの種類が、それに関係ないものでしたら、見送るということも考えられます。

両門のチー
つぎのような場合は、たとえ両門であっても、積極的にチーしていくようにします。

①チーした後の形が、断么平和で三二〇(連盟ルールでの点数)の上りになるようなとき、たとえ残りの順子の聴牌が高い牌であったり、待ちが悪かったとしても、チーしてみる。

②前と同じように、チーしたあとの形がただの平和で、一六〇の和りであっても、チーして聴牌へ持ち込む。

③高い牌三-六、四-七のような牌とか、清一色、混一色を誰かが狙っているために、一つの牌種が出にくくなった時、たまたま上家からおろされた同種牌などは、チーして、あとの聴牌が、カンチャン・ペンチャンまちになっても、別の出やすい牌種であったら、進んで和りへ努力する。

④両門の片方が壁のとき、たとえば一-四の四が、河に三枚ないし四枚捨てられてしまったときなどは、一をチーしたのでは断么がくずれてしまうことがあっても、一をチーする。
一・九のような端牌は、聴牌期までには当然捨てられていてよいのに、全然姿を現していないとすれば、それは他家に対子なり、暗刻としてもたれている公算が多いとみて、たまたま上家からおろされてきたらチーする。

⑤同様のことが、中張牌の場合にもあてはまる。
たとえば、三・四・六の数牌が二枚、ないし三枚河に捨てられるなり、副露されて、その在り場所がわかっているのに、五の所在が不明なときなどは、やはり対子その他で、他家に使われている率が多いと考え、五が出たら比較的早めにチーしてよい。二しゃん聴ぐらいの手ならなおさらです。

⑥三・四万、六・七万と二つの面子が、ともに五が欲しいなど、二-五-八の筋がおろされたら、チーしてもよい。
どちらの面子でチーするか、なかなか判断に苦しむところだが、河に捨てられた牌の状況やその他で、どちらかを選ぶことにする。

⑦面子が、聴牌や和りに必要な五面子に足りず、いわゆる、わけ食いをしなけらばならないとき、あとの形が両門などの聴牌になるようならば、チーするのも結構。

⑧また面子が足りない場合で、ある面子をチーすると、孤独牌が二枚残るようなとき、いわゆるくっつき聴牌であるときなど、その孤独牌が比較的危険牌でない場合ならば、チーしてくっつき聴牌の形にもっていってもよい。

⑨王牌近く、チーするとあとの形が悪く、両門にも、カンチャン・ペンチャンにもならず、タンキまたはシャンポンになってしまうことがある。
そのままチーせず、面前でいくと、危険牌を自摸し、捨牌に困るようなことがあるが、こんなとき和る目的よりパスするぐらいの気持ちでチーするのも、時に戦法として面白い。

⑩同じわけぐいでも、わけぐいしたことによって牌のありががわかり、逆に敵に牌数を勘定させるような結果にわざとして、和りやすくする場合など。
たとえば、河に三万が二枚捨てられていて、自分の手のうちは二三三四とあり、いま四が出たので、二三四とチーし、あと三四の面子で二・五待ちにする。三が河に三枚すでに出たわけで、三人の敵にワンチャンと思わせ、二・五待ちを出やすくする。

⑪清一色、混一色などのとき、三や七のような尖張(大事な牌)が出て、いわゆる喰いのばしができる態勢にあれば、ときと場合によってチーして、早くから面子をふやすことも考えられるが、そうじて手を大きくするときは、初心のうちはチーの手段は使わない方がよく、あくまで安上がりの、早や聴牌にだけ使用したほうが無難です。