麻雀のお話

連載「これが麻雀だ」(第一回)

2018年01月19日

昭和41年6月に発行された本「これが麻雀だ」から興味を引く箇所を抜粋して掲載する。

著者三名  (昭和41年当時)
日本麻雀連盟理事長八段 手塚 晴雄
日本麻雀連盟参与八段 陽  星明
日本麻雀連盟顧問八段 黄  雀風

第一章
麻雀の運と技 (手塚晴雄)

連盟麻雀とリーチ麻雀今日一般に行われている、リーチを主としたインフレルールは、ひろく大衆に行きわたっていて、このほかに麻雀はないものと思っている方が大部分です。

霊峰富士にたとえるなら、一合目・二合目から裾野にかけて、広大な範囲がこのインフレルールの麻雀なのです。
じつは、このインフレ麻雀の根幹をなして、昭和の始めから今日にいたるまで、連綿としてつづき、発展しているのが日本麻雀連盟の麻雀なのです。
連盟麻雀は霊峰富士の山頂にもたとえられ、運よりも技を、ギャンブルよりも段位を望む人たちによって、高く清く守られてきたものです。
この日本麻雀連盟の競技ルールをもととしてこれにギャンブル的要素を加味・脚色したのが現今のインフレ麻雀です。

ドラ牌あり、リーチありで、スリル的興味をふんだんに盛ったインフレ麻雀は、それなりに大衆的であり、パチンコとならんで深く各層の大衆に喰いこんでいます。

しかし、あまりに多い運の要素、たった一枚めくった牌で、ドラ牌がいっきょにふえ、大満貫になったなど、点棒を貰った時は良いが、支払いした時などは、何かものたりない感じをもつ人はありませんか?

麻雀というゲームを更に深く研究し、その深奥を極めてみたいとか、上手になってみたいと思っておられるかたはいませんか?
また麻雀に段位というものがあると聞くが、自分の技量はどんなものか、段位であらわしてみたいと思う人もあるでしょう。

それらの要望に応えて、富士の裾野からケーブルカーをしき、道をつけ、そのかた達を霊峰の山頂にまで導こうとするのが本編の主旨であります。

四十年に亘る伝説をもった日本麻雀連盟は、多年の研究により、その標準ルールを定め、チーポンの技を活用し、戦術的に幅広い領域をもって、運の要素を最小限のものとし、記録に重点をおいて、麻雀本来の、真の面白さを掘り下げたものです。

麻雀の歴史参考までに、わが国における麻雀の歴史を述べておきましょう。
麻雀が、発祥の地である中国から初めて日本へ渡ってきたのは、明治の末期で、今からざっと六十年前のことです。

名川彦作という樺太大泊中学校の教頭をしていた人が、持ち込んだことは、昭和の初め、既にわかっていたのですが、こまかいことが誤って伝えられているので、最近わかった新しい事実を書き加えておきましょう。

名川氏は明治三十四年七月、東京帝国大学英文科を卒業し、同三十八年九月、清国(現在の中国)四川省資州師範学堂へ招かれ、明治四十三年一月帰国、そのさい麻雀牌を持ち帰ったのです。
そして樺太大泊中学で教頭をつとめる余暇、同僚を集めて、麻雀を教えた、といわれています。

もちろん、そのほかに日本人で中国へ行き麻雀をやった人は沢山おります。
現在、連盟の長老である前島吾郎氏などもその一人で、すでに明治三十八年に上海へ渡り、麻雀を覚えたとのことです。
また明治三十二年に中国で麻雀を覚えたという三沢黙笑という人の話ものこっています。

しかしなんといっても、大量に導入され始めたのは大正十三年頃からで、昭和三年には今でいうブームとなり、東京で毎日三軒ぐらいずつ、麻雀クラブが新規開店していった、といわれています。
その輸入されたルートは、中国から直接のものと、アメリカ、ヨーロッパから、海外旅行者によってもたらされたものと、二通りあったのです。

日本麻雀連盟は、その機運にのって昭和四年十月三日、初代総裁として、有名な文芸春秋社社長菊池寛氏がその椅子につき、副総裁には、現在の長老、寺木定芳氏が就任、輝かしい誕生をみました。

戦後、菊池寛氏から久米正雄氏、さらに現在の総裁佐佐木茂索氏を迎えて、今日かくも隆盛なる基盤を築くに至りました。
四十年に及ぶ伝統は現在北海道から九州まで全国一円に、一万余の会員を擁し、百に及ぶ支部を持ち、有段者数も六千名に達するまで発展しています。

連盟麻雀の中心をなすものはエチケットであり、賭性の排除であります。
これには先年亡くなられた川崎備寛氏・楱原茂樹氏といったかたがたが、総裁を助け戦後のインフレ風潮のさなかにあっても、清く正しく筋金の入った連盟麻雀を守り抜いてきたわけで、その功績は永久に讃えられてよいでしょう。

現在は副総裁に松原与三松七段(日立造船会長)が就任。
そのほか有段者のなかには著名人も多く、その氏名段位をあげると
稲山嘉寛五段(八幡製鉄社長)、永野重雄五段(富士製鉄社長)、石田退三五段(トヨタ自動車会長)、中川不器男五段(トヨタ自動車社長)、藤野忠次郎五段(三菱商事社長)、浅尾新甫五段(日本郵船会長)福田一五段(前通産大臣)、松岡辰郎五段(松岡汽船社長)、児玉忠康五段(日本郵船社長)真鍋八千代五段(後楽園社長)などです。

支部の内、特筆することは、海外まで連盟の支部があることです。
ドイツのデュッセンドルフ支部は、日本人を中心にしているとはいえ、熱心な支部長のもとに、正しい麻雀に精進しています。