麻雀のお話

連載「これが麻雀だ」(第四回)

2018年02月09日

昭和41年6月に発行された本「これが麻雀だ」から興味を引く箇所を抜粋して掲載する。

著者三名  (昭和41年当時)
日本麻雀連盟理事長八段 手塚 晴雄
日本麻雀連盟参与八段 陽  星明
日本麻雀連盟顧問八段 黄  雀風

チーに適当な役

だいたい断么か、断么平和へ目標をおくのがよく、そうでないものは、よほどの手でないかぎりチーしないことです。
たとえば、九八八七六万とあって、万をチーするときは、副露牌は八七六万とし、手のうちには九八七万と残し、自摸いかんによって、万と万と、取りかえられる余地を残しておくようにします。


上家の自摸順をとるためのチー
 

自分の自摸は順調でなく、たまたま上家は好調に必要牌を自摸し、さかんに牌の入れかえをしているとします。
こんなとき何か一つチーすると、あと上家の好自摸が下家に流れてくるから、思いきってチーすることもある、といわれています。
こんなときでも、そんな細かい芸当はしないのがよくはないでしょうか。

たとえチーしないために、聴牌にならず、和了できなくとも、私は私なりにかまわないんだという方針です。
チーすることによって自分の手を相手に知らせることと、手を詰めることを恐れるからです。
上家の自摸が順調であるかどうか、疑いの眼をむければ、いくらでも疑えることですし、実際は手の入れかえだけで、手は一向に進行していないこともあるでしょう。
また、進行していたとしても、いつその自摸が逆調にならないとも限らず、逆調になったとき、かえってその悪い自摸が自分の方へきてしまうかもしれないのです。
一人相撲というか、小細工はやらないことにしているのです。


三副露はさける

三副露といわず、二副露もなるべくさけた方がよいのです。
せいぜい一副露ですませ、しかもおそい巡の聴牌というときまで、我慢したほうがいいと思います。
副露すればするほど、自分の手をせばめて、自摸の公益を放棄することになります。
一方、他家からは自分の手を見すかされ、手のうちを捨牌とその副露牌から、思う存分推測されるわけです。
小さな利益のために、大きな権益を捨てるようなものです。

たとえば、一副露していて万が浮屍牌として二枚出ており、さらに自分が四五六万とチーしたとすれば、万は三枚の壁となります。
残る一枚を手中にしている他家は、それこそ
万を中心に、ワンチャンスの危険もなく、副露牌四五六万を見たとたんに、戦局を有利に進める作戦に出られます。
ですから、二副露などすべきでなく、むしろ最初の一副露自身も早かったのではないか、と反省すべきです。